昔の話。
車が故障した。慌ててディーラーに連絡したら、引き取りに来てくれたが、修理に3日はかかるという。
しかも突然の事なので代車が出せないらしい。費用はかかりますがレンタカーなら、と言われ断った。
金出すくらいならこっちでなんとかするさ。
自転車で通勤することにした。幸いなことにサイクリング用の自転車を持ってる。というか、その気になって
買ってみたは良いが、結局二三度乗って放ったらかしにしてしまった。ずっと気になっていたのだ。
自転車で通勤すれば健康にも良い。
我が家は山の中だ。職場は昔の大野町。玖波という町までおりて国道を北に上がるか、山道に沿って北へ下り
妹背の滝のところに出るか。ルートは二つしかない。
玖波ルートは道も広いし交通量も多い。ただ距離は結構あって急いでも30分はかかりそうだ。
滝道は山道でほぼ誰も通らないさみしい道だが、距離は短く、行きは一気の下りだから15分もあればついてしまう。
せっかちな私は滝道を選んだ。
通勤鞄は危ないからと妻が子供のリュックを出してきてくれた。
幸いなことに天気も良い。
朝はゴミ収集車が上がってくるから、それだけは注意だが、そのほかはほぼ車はゼロ。下りはワインディングで
スリル満点。あっと言う間に職場についた。
職場にサイクリング車を止めていたら、出入りの業者さんに声をかけられた。
あれ?自転車通勤に変えたの?
いやいや、車が故障しちゃってさ
ああ、それで
滝道で来たら、あっと言う間だったよ
え?じゃ、あそこ帰るの?
そりゃまあ
ああ、それなら暗くならないうちに帰った方がいいよ
うんまあ、そうだね、街灯もないからね
それもあるけど、、、
暗くなってあの山道を通るのは止めた方が良い、と業者さんは声を潜めた。
あそこは出るよ、
と頷く。
あの山道ぞいで何人も首をくくってる。その魂が成仏できずにあのあたりを彷徨ってるのさ。
なんて言う。
おいおい、脅かさないでくれよ
って言ったら、いやマジな話なんだよって教えてくれた。
自分も冗談だろって思ってたら、ある年の冬、大雪が積もった夜に出会っちまったんだ、と。
牡丹雪が降り続く山道を車で上がっていたら、ヘッドライトの明かりの中に
数人歩いて上がってる姿が浮かんだ。
二人は男、一人は女。女はまだ若くてミニスカートだった。三人とも傘を差してない。
モノも言わず、ただうつむいて歩いている。
三人を追い越しながら妙に気になった。こんな大雪の夜にあんな格好で山に上がったら
死んじゃうぞ。もし同じ方向なら車に乗せてやろう。
車を止めて、声をかけたら、今の今まで見えていた三人が雪の中に消えた。
怖くなって大急ぎで家まで帰った。
翌日、人にその話をしたら、それは30年前のあの事件の三人じゃろうと言われた。
男二人が若い女を山に連れ込んでレイプして殺した。ところがその犯人らしい二人組は
後日、あの山道で車ごと谷に落ちて死んだ。
日が暮れる前に帰るつもりだったのに、なんだかんだで遅くなった。職場を出る時にはあたりは
もうすっかり暗くなっていた。
業者さんの話は気になったが、大回りして帰るのも億劫だ。
日頃から冗談の好きな人だ。どうせまたいつもの与太話だろう、と思った。
五段ギアを駆使して坂道を上った。行きは十五分だったが、帰りは辛い。
すごい坂だから、がんばって漕いでも全然進まない。
30分?いや、下手すりゃ小一時間かかるかもな、なんて思いながら自転車を漕いだ。
山道は漆黒の闇。月明かりと自転車のライト以外、まったくの闇だ。あたりは物音もしない。
30分ほど行った頃だろうか、ふと業者さんの言ってた現場ってこのあたりなのかな?と思ったら
何か音がするのに気がついた。カサカサ。カサカサ。乾いた音。ほんのわずかだが確かに音がする。
わりと近い。
スピードを上げた。足の回転を速めた。
するとその音も大きくなった。
だれか跡をつけてる?
そう思うと生きた心地がしなくなった。脈拍が上がる。冷や汗が背中を流れる。
後ろを振り向きたいけど、怖くて振り向けない。
音から逃げるようにスピードを上げたら、その音も大きく、そして近くなった。
やっぱ追いかけてくる。
誰じゃ、来るなら来いや
峠のところで怒鳴った。自転車を放り投げて身構えたけど、何もない。
ただ闇がひろがっているだけ。
何の音もしない。
なんだよ、あの人があんな事いうから、聞こえない音まで聞こえちゃったじゃねえか
誰も聞いてないのに闇に向かって言いわけ。そして、ひきつった笑い。
ところが
額の汗をぬぐって再び自転車を漕ぎだしたら、またあの音が、、、。
さっきよりも小さく、密かに。それでも確実に後ろをついてくる。
その後の事はよく覚えていない。全速力で峠を越え、坂を下り家にたどり着いた。
玄関に転がり込む。驚いて出てきた妻に事の顛末を、どもりながら、つっかえながら話した。
最初は真剣に聞いていた妻の顔が次第にあきれ顔に変わった。
なんだよ、ほんとなんだぞ、あれは成仏できてない魂がさ、たすけてたすけてって
俺にすがりついてきたんだよ、そうに決まってるよ
そういう私に妻は言った
「たぶんコレじゃない?このリュックにつけてる人形。自転車漕ぐたびに
これが揺れてさ、カサカサ鳴ったのよ、馬鹿ね、ほんと肝が小さいんだから」
「ゲゲ、鬼太郎?」